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ゴースト・シンドローム


長藤シン 作


 時は十二月。教師も走るほど忙しいといわれるこの季節に、小窪浩介もまた、クラス委員の仕事で走り回っていた。
「まったく、転入生が来るから学校の案内しとけって言うのはわかるけど、肝心の転入生がどこにもいないじゃんか・・・」
 そう、浩介は転入生を探して走り回っているのでいるのである。転入生は校長室や職員室にもおらず、昇降口や教室、はたまた音楽室から美術室まで探し回ったのだが、それでも転入生はいなかった。
「やれやれ・・・」
 十二月だというのに、浩介は汗でびっしょりになっていた。額の汗を拭いながら走り、階段を駆け上ると、見慣れない人影があった。もしかすると転入生かと思い、浩介は声をかけてみた。意外に性格が良さそうな奴だ。
「そこの君、もしかして一組の転校生か?」
 階段にいる少年はくるりと振り返り、浩介の元へ降りて来ると、軽く会釈し自らを名乗り始めた。
「はい。この度一組に転入する事になりました。杉山春樹と言います」
 ふわりとした笑顔で春樹と名乗る転入生は言った。浩介はこういう優等生みたいな奴は大嫌いだったが、仕事なので仕方なく会話した。良さそうな奴だけど。
「じゃあ杉山・・・だったよな、とりあえず教室に案内するから着いて来い」
 浩介が歩き出すと、何故か春樹が静止の言葉をかけた。
「その必要はないよ。だって僕・・・」
 春樹は一旦言葉を切り、続けた。
「・・・もうすぐ死ぬんだ」
 その言葉を聞いて、浩介は意識が途切れた。


 目を覚ますと、浩介は自分の部屋に横になっていた。殺風景な、何もない部屋。親も兄弟もいない彼には広すぎる部屋だった。
 今までのことは夢だったのか・・・しかし浩介は学生服を着たままだった上、どうも夢の感触がしなかったのである。そんなことを考えていると、頭上・・・いや、頭の中に直接声が響いてきた。
「気分はどうかな?」
 聞き覚えのある声がしたと思ったら、それは春樹の声だった。
「杉山・・・!お前どこにいるんだ!」
「僕?僕は今、君の中だ」
 浩介は一瞬戸惑ったが、今起きていることが嘘や夢だとは思えなかったので、春樹の言葉を信じることにし、とりあえず色々と聞いてみることにした。
「じゃあなんでお前は俺の中にいるんだ?」
すると春樹は、はぁ、とため息をつき、なぜ春樹が、いや、正確には春樹の魂がなぜ浩介の中にあるのか。また、今回の出来事について黙々と話し始めた。


「僕が君の中にいる理由。それは・・・」
 春樹は声を押し殺して、言った。
「・・・とりついたんだ」
「は?」
 訳も分からずポカンとする俺。俺の成績は普通でも冗談きついぞ。
「だから、とりついたの。僕は幽霊だから」
 幽霊だから、んなん聞いてりゃわかるっつーの。・・・まあ正直分かりたくも無いのだが。
「じゃあ聞くが、何で俺にとりついた?」
「なんでだろう?」
 お前はいつかの芸人か。
「何でだろうじゃねーよ。ちゃんとした理由を言え!」
「全く・・・ガサツだなあ、君は」
 これは元々だ。・・・じゃなくて、今は俺の質問に答えろって言ってんですけど。
「仕方ないな・・・じゃあ特別に教えてあげる」
 何でこいつは俺をイライラさせる事しか出来ないんだ!・・・これも幽霊の力の一種だったりして・・・そんなわけないか。
「では、改めて。僕が君にとりついた理由、それは・・・」
 それは・・・?
「・・・なんとなく!」
 何なんだこのオチは!


・・・と、言うのは冗談で春樹が浩介にとりついたのにはちゃんとした理由があるらしい。まとめると、こうだ。
 @俺(浩介)が霊感強い体質だから。
 Aやっぱなんとなく。
 B俺が杉山の死ぬ瞬間を見てしまったから。
・・・の三本です。・・・じゃなくて、@は分かるとして、(Aも分かると言ったら分かるけど)Bは何なんだ?
「まあ何て言うか、そういうルール?僕もよくわかんないんだけどさ」
「いや分かんないって・・・」
 来週もまた見てくださいねーなんて言ってられないな・・・。
「僕も好きでとりついた訳じゃないんだよ」
 じゃあAが矛盾してるじゃねーか。
「まあそれは置いといて・・・」
 ・・・置いとくなよ。
「・・・僕のとりつきを解除する方法が一つだけある」
「どうすればいい?」
「・・・」
「・・・」
 なんか嫌な予感が・・・
「・・・知らない」
 ほらな!


・・・と、言うのやはり冗談で、とりつきを解除するにはそれなりの事をしなくてはいけないのだとか。等価交換で無いのを願うばかりだ。
「とりつき解除の手順・・・それでは左を見て」
 分かりにくいなその表現・・・てか端折った?

 @三日間同じ体で過ごさなければならない。

「・・・え、これだけ?」
「そうだよ?」
 これだけの事を聞き出すのに三十分使ってしまった。何なんだ俺!


 そして、恐怖の三日間が始まる・・・。




 一日目『ガッコウからの訪問者』


 まあ昨日そんな事もあって、俺は悩んでいる。このままどうやって三日間を過ごそうかと悩んでいる。そこで・・・。
「俺は寝るからな。起こしたらただじゃすまさねぇ・・・」
 寝る事にした。
「zzz・・・」
 夢の中に潜り込んで行く・・・が。
「ねぇ・・・」
 幻聴だ。これは幻聴なんだ・・・。
「ねえってば!」
「うるせぇよ!」
 そう怒鳴りながら上半身を起こす。ついでに杉山を睨みつけるも相変わらずへらへらした顔でこちらを見ている。ムカつく奴だ。
「・・・で、何の用なんだよ。起こしといて何でもないとは言わせないからな。」
「用はちゃんとあるよ」
 春樹は一息つくと、続けた。
「外に出たいなぁと思うんだけ・・・」
「却下」
 春樹の言葉を遮って、浩介が言う。
「俺、外嫌いだから」
「何故?」
「何故ってそりゃ・・・」
 言われてみれば、自分でもよく分からない。ただ、なんとなく外に行きたくない。面倒だからでもなく、疲れるからでもなく・・・あえて言うならば、
「引きこもり・・・」
 なのである。
「ち、違う!俺は断じて引きこもりじゃ無い!」
「・・・全力で否定してるけどやっぱり根本的には引きこもりだと思うんだよね。まあ僕の知った事じゃないけど」
「なんかその言い方ムカつくな!」
「まあそんな事はどうでもよくてさ」
「どうでもいいってなんかちょっと傷付いたからなお前のさり気無ァい一言で俺のガラスの様に繊細だねと言われた事があるようで無い俺の心が傷付いたぞ!十ミリぐらい!」
「いやいや結局ガラスの様に繊細でもないなら傷付いたって大丈夫だよ。てか十ミリってやっぱり大して傷付いて無いじゃない」
 春樹の冷静なツッコミにタジタジの浩介。返す言葉も無いように見えた。が・・・。
「・・・わかった。外に出でやる」
「ほ、本当!?」
「ただし、二度と引きこもりとか言うな。俺はちゃんと学校にも通ってるし、頭は悪いが勉強だってしてる。それに・・・」
「それに?」
「・・・彼女だっているんだぞ!」
 浩介、衝撃の告白。が。
「だから何?」
「リアクション無しかよォォォォォ!」
 無残にも部屋に浩介だけの声が響いた。


 そんなこともあって、浩介は準備をし、玄関を開けた。しかしそこに待っていたのは意外にも・・・。
「綺麗な星空だねぇ・・・」
 滅多に見れない、星空だった。
「そうだな。・・・って言うか今までのやり取りで夜になってんの!?」
「幽霊と一緒にいると時間の感覚が麻痺するのかもねぇ・・・」
「楽しそうに言うなよ」
「え?楽しそうだった?」
「ああ、凄く楽しそうだった・・・」

 でも、何だかんだで

 俺はこのガッコウからの訪問者と話すのが

 楽しかったんだと思う。

 ・・・が、しかし。

「今日の晩飯はピラフだって言ってるだろうがっ!」
「チャーハンじゃないと嫌だ!」
「チャーハンもピラフも大して変わらないだろ!」
「じゃあチャーハンにしてよ!」
「それは俺が認めない!」
「君ってホントに往生際が悪いよねっ!」
「ゆ、幽霊の分際でっ・・・!」

 やっぱり、どこか馬が合わない二人だった。




 二日目『後退から前進へ』


 昨日は、結局ジャンケンで(春樹は三十分程度なら具現化できる)チャーハンに決まった。
「週に一度のピラフ・・・」
「何時までも負け惜しみを言うのは良くないと思うけど・・・」
 春樹の皮肉にピクリと眉を動かす浩介。だが・・・。
「負け惜しみなんかじゃない」
 何時に無く真剣な表情で浩介が言うので、春樹も黙って聞いた。
「俺にとってピラフは週一のご馳走、言うならば『奇跡の価値は』っていうタイトルを付けたい位に素晴らしいことなんだ!それをお前は後だしジャンケンなどと言う卑劣で卑怯極まりない戦術を使い俺から勝利を得るなど言語道断!チャーハンなど外道だ!ピラフはなァ、ピラフはなァ・・・」
「・・・」
「チャーハンとは違うんだよ、チャーハンとは!」
「結局それ言いたかっただけでしょ・・・」
 チャーハンとピラフは明らかに違うしね、てか昨日と言ってる事が違うよね、と密かに心の中で春樹は思った。

 ピラフの恨みを果たすべく、朝ごはんはピラフにしようと浩介が独断で決め、飲食店へ向かう事にした。春樹も、外へ出られるなら、と言う理由で納得したようだ。
「そうだよな、昨日は結局夜になってたからな。ていうか杉山、お前どこに行きたいんだよ?」
「・・・君からそんな言葉が聞けるとは意外だね」
「俺だってそういう言葉は言うぞ・・・で、どこに行きたい?」
「遊園地・・・かな」
「杉山、お前ってホント乙女チックだよな・・・」
「駄目かな?」
「いや、俺はいいけど、野郎一人で遊園地って恥ずかしい・・・」
 そう、周りの人間には春樹の姿は見えないので、実際は浩介一人で遊園地に行く事になるのだ。
「大丈夫だよ!君には彼女がいるんでしょ?」
 
 そうだった!

 ピラフを食べ終わり、家へ帰ると、浩介は携帯電話を取り出し、浩介の彼女・・・伊藤佳奈子に電話を掛けた。
「・・・もしもし、佳奈子さん?」
「あ、浩介君?そっちから電話掛けるなんて珍しいねぇ・・・」
「か、からかわないで下さい!」
「はははっ・・・で、用件は?」
「えーっと・・・今、暇ですか?」
「うん、暇だよ」
「もしよかったら、遊園地にでも・・・行きませんか?」
「・・・うーん、どうしようかな・・・」
 佳奈子の返事をドキドキしながら待つ浩介。
「・・・」
「・・・わかった。他ならぬ浩介君の頼みだし、さっきも言った通り今日暇だから。行こうか!」
「ありがとうございます!」
 こうして、駅前で十二時に会う約束をすると、浩介は弁当作りを始めた。現在午前十時。
「君ってさあ・・・意外と女性には優しいよね」
「『意外』は余計だ!」
「あ、お弁当に唾がかかる・・・」
「・・・」
 春樹のからかいの嵐をなんとか潜り抜け、ついに弁当が完成した。弁当の中身は、定番の玉子焼きからミートボール、ピラフやナポリタンスパゲッティーまで、その種類総数、なんと十三種類。
「これまた意外に張り切ってるね・・・」
「だから『意外と』が余計だ!」
 そう言い合う二人の顔は、終始笑顔だった。


 自転車をフルスピードで走らせ(途中で二回ほど自動車にぶつかりそうになった)駅前の駐輪場(有料)に自転車を停めると、籠に入った弁当を引っつかみ、浩介は駆け出した。「杉山、今何時だ!?」
「うーんとねぇ、十一時五十七分だね」
「くそっ・・・佳奈子さんに『嘘』と『反抗』と『遅刻』は厳禁だってのに・・・」
「自業自得だよ〜。君がギリギリまでゲームしてるからさぁ〜」
「だって後ちょっとで全クリだったんだぞ!?」
「あと一分で十二時〜」
「マジかよっ!?」
 大急ぎで走る浩介(と春樹)だったが、それでも弁当だけは何よりも大事に抱えていた。浩介は約束の時間に間に合うのだろうか・・・?


 間に合わなかった。

 やってしまった。

 とうとう、やってしまった。

 浩介が佳奈子の所へたどり着いた時には、時、既に遅し。駅の噴水の前でニコニコ笑っている佳奈子が走ってきた浩介に笑いながら一言。
「遅い」
 ・・・と鉄拳をくらった。

 で、現在。
「ああ、重い・・・」
「遅刻した自分が悪い!ちゃんと持っててよね」
「・・・はぁい」
 浩介は無惨にも佳奈子の荷物持持ちと化していた。
「まったく、ホント自業自得だよね、君って」
「・・・」
 ちなみに、浩介と春樹の会話は、意思によるもの(簡単に言うとテレパシー)で行っているため、佳奈子を含む周りの人間には聞こえていない。
「さ、浩介君、切符勝って」
「あ、はい」
 財布の中から千円札を出し、遊園地がある駅までの切符を買う。
「・・・浩介君、何で三人分買ってるの?」
「・・・え?」
 そう言われて買った切符を見ると、佳奈子が言った通り、三人分の切符が浩介の手元にあった。
「駅員さんに言って、お金と換えてもらったら?」
「・・・いいんです」
「どうして?」
 キョトンとした顔で見る佳奈子。それに浩介が答える。
「・・・今日の記念に、一枚とっておきます」
「そっか〜・・・。そうだね。浩介君にしては、良い考えだよ」
「ひ、一言多いんじゃないですか!?」
 そんな事を言って、笑いあった後、ふと自分の切符を見ると、
「・・・6666」
 凄く嫌な予感がした。


 目的地の駅に着くと、すぐ目の前に遊園地があった。
「浩介君、荷物持つよ」
「い、いえ、大丈夫です」
「わかってないなぁ君は・・・」
 会話に春樹が割り込んできた。嫌々ながらも浩介は答えた。
「何が?」
「荷物を持ってたら君はお金を出せないだろう?」
「それって・・・」
「チケット買って来いってことだよ」
「・・・」
 そう言われて、改めて佳奈子の顔を見ると、案の定万遍の笑みだった。
「有無を言わせない笑顔だな、あれは・・・」
「君もわかってきたねぇ〜・・・」
 こうして、浩介はまたしても三人分、チケットを買ってしまった。


「佳奈子さん、弁当持ち歩くの大変だから、先に食べちゃいましょう」
「うん、そうだね」
 適当なベンチを見つけると、座って弁当を食べ始める。
「相変わらず、浩介君のお弁当は凄いねぇ・・・」
「そうですか?・・・クリスマスパーティーとかしたいですね」
「そりゃいいや」
 こうして二人で出掛けるのが、実は浩介にとっては初体験だった。緊張を悟られまいと必死に弁当を食べる。
「・・・ふふふ」
「?・・・どうしたんですか、佳奈子さん?」
「いやぁね、浩介君、前は全然笑ってなかったでしょ?私を遊園地に誘ってくれたりもしなかったし。・・・でも今は変わった。浩介君、凄く楽しそうだもん。何か良い事でもあったのかな?」
「それは・・・」
 翌々考えてみれば、俺は結構笑うようになった。笑うようになったのは昨日からの筈なのに、もう随分前から笑っているような・・・杉山と一緒にいるような気がした。これも時間の間隔が麻痺しているのかもしれない。
 何はともあれ、正直な気持ちで、浩介は春樹に感謝していたのだった。
「・・・いい友達が出来ました」
「じゃあ、その友達と何時までも仲良くしなきゃね」
「何時までも・・・か」
 
 無理だと分かっていても、そうしたいと思ってしまう。

 今日と明日の二日間、俺には何が出来る?

 そう考える前に、体が動いていた。

「佳奈子さん、食べ終わりましたか?」
「うん。美味しかったよ」
「じゃあ行きましょう!」
 弁当や飲み物を急いで片付け、荷物をコインロッカーに預けると、浩介は佳奈子ではなく、春樹に質問した。
「何に乗りたい?」
「え?」
 いきなりの質問にキョトンとする春樹。苛立つかの様に浩介が言った。
「だーかーら、何に乗りたいんだ?ジェットコースター?コーヒーカップ?それともお化け屋敷?」
 幽霊をお化け屋敷に連れて行ってどうする。
「僕が行きたいのは・・・」
「行きたいのは?」
「・・・空中ブランコかな」
「わかった!」
 春樹の返答に満足したように頷くと、今度は佳奈子に言う。
「佳奈子さん、アレ、乗りましょう!」
「空中ブランコ?いいね、乗ろうか!」
 佳奈子の了解を得ると、手をとって走り出す。
「佳奈子さん、早く!」
「そ、そんなに速く走らないでよ〜」
 佳奈子と隣のブランコに座ろうと思ったが、残念ながら人が多くて隣に座ることは出来なかった。だが、二人の座る場所が反対方向ではあるものの、空中ブランコに乗ることは出来た。
「彼女と隣じゃなくて残念だったね〜」
「他の乗り物で隣になるからいい!」
「まぁた意地張っちゃって〜」
「張ってねぇ!」
 こんなやり取りも身に付いてきた。
「おっ、そろそろ動き出すみたいだぞ」
 開始のベルを聞いて、浩介が言う。
「案外高くなるんだね・・・」
「そうだな。怖いか?」
「まさか・・・」
 ゆっくりと回り出す空中ブランコに身を任せ、目をつぶる浩介と春樹。
「風が気持ちいいな・・・」
「うん・・・」

 たった三分ちょっとなのに

 この時間が長く続いてるようで

 とても不思議な感覚だった。

 そして・・・

「ぎ、ぎもぢ悪い・・・」
「大丈夫?浩介君?」
「だ、大丈夫・・・デス・・・」

 浩介は酔っていた。


 数分後、なんとか復活した浩介は、次の提案を佳奈子に話す。「佳奈子さん、次はアレ乗りましょう!」
「アレって・・・」
 佳奈子が恐る恐る見た先には、ジェットコースターがある。
「・・・大丈夫なの?浩介君?」
「は?何がですか?」
「ほら、さっき乗り物酔いしてたでしょ?だから・・・」
「心配してくれてるんですか?」
「そんなわけ無いでしょ!」
「そうですか」
「そうよ」
 そう言って二人で笑い合う。
「俺は大丈夫です。行きましょう」
「わかった」
 二人で仲良く話しながら列に並ぶ。春樹は話しかけてこない。と、そのとき。
「お客様、列を乱されては困ります!」
「あ?うるせぇ!」
 どうやらトラブルが起こったようだ。
「ですが・・・」
「黙ってろ!」
 突き飛ばされる係員。それを見て佳奈子が一言。
「感じ悪い・・・」
「ちょ・・・佳奈子さん!?」
「何か言ったかそこのアマ!」
 案の定ガラの悪い客に聞こえていたようだ。
「小野サンにそんな口きいてタダで済むと思うなよ!」
 どうやらこの不良グループのリーダーは小野さんと言うらしい。これ以上小野さんの怒りを買う前にさっさと別の場所に行こうと考えた浩介は、佳奈子に声を掛けようとした。が。
「あの、佳奈子さ・・・」
「さっさとそこ退きなさいよ!」
 意外というか、案の定というか、佳奈子が小野さん達に反発した。
「テメェ俺に反発してんじゃねぇよ!」
 怒った小野さんが佳奈子を締め上げる。
「きゃあっ!」
 叫び声を上げる佳奈子。そんな佳奈子を見て浩介が絶叫する。
「佳奈子さん!・・・お前等、よくもっ・・・!」
 浩介が拳を握りしめたその時、さっきから黙っていた春樹が静止の言葉を掛ける。
「やめなよ。君らしくもない」
「俺らしいって何だよ!?今は佳奈子さんを・・・」
「君は黙っててって言ってるでしょ?」
 今までには聞いたことのない春樹の声に、ビクッとする浩介。が、しかし、その後にあのいつもの春樹の声が返ってくる。
「なんちゃってね。今のは冗談だよ」
「お、驚かすなよ・・・」
 コイツとだけは喧嘩したくねぇな・・・と思いながら浩介は苦笑する。
「でね、僕さぁ、弱者が強い者をコケにするの、嫌い、キライ、大っ嫌い!・・・じゃなくて、嫌いなんだよ。だからさ・・・」 春樹は一旦切って、続けた。
「再起不能に・・・いや、ちょっと懲らしめてやろうよ」
「あからさまにわかる訂正はすんな!・・・まぁ懲らしめるっていうのは悪くないけど・・・」
「じゃあ体貸してね!」
「・・・はぃ?」
「答えは聞いてない!」

 ちゃんと聞きなさい!


 次の瞬間、浩介の意識がふっと途切れる。目を覚ました時にはなんと、
「俺が勝手に動いて・・・」
 いたのである。
「な、なんで俺が動いて・・・」
「だから、体貸してって言ったじゃん!」
 つまり、春樹が浩介の体に憑依しているのである。
「つまりってなんだよ!俺は変身とか出来ないからな!・・・てか杉山、お前はどうやってあの不良・・・小野さんだったっけ?あの人から佳奈子さんを救うわけ?」
「・・・まあ見てなって」
 そう言うと、春樹は小野さんの元へ歩み寄って行く。それをドキドキしながら見守る浩介。
「ねえ、そこの不良お二人さん?」
 浩介の姿で春樹の言葉遣い、はっきり言って相当不自然だろう。だが小野さん達も佳奈子も気付く様子は無い。
(あの人たち、よく気付かないよな・・・まあそれが一番助かるんだけど・・・)
 浩介もとい春樹の声に気付くと、小野さんが言った。
「なんだクソガキ!大人しくしていろ!さもないと・・・」
「サモンナイト?」
「違いますから!ゲームじゃないですから!」
(マイペース過ぎるだろ杉山っ!)
「で、何の話でしたっけ?」
「大人しくしていろ!さもないと・・・って二回も言わせるな!なんか悲しいだろうが!」
「そうですか。でも僕はあなたの言ってることを聞くつもりは無いですから」
「・・・そうか。じゃあこの女はどうなってもいいんだな?」
 小野さんは、そう言って懐から銀色に光る物を取り出す。
(あ、あれはまさか・・・ナイフ!?)
 そう、浩介の思っている通り、小野さんが取り出したのはナイフだったのである。
「このナイフで女をザクっと・・・」
「ザク?」
「いやいや違いますって。Sザクには近いかもしれないけど」
「Sザク・・・サドザク?」
「ホント違うから!もういい加減にしてくれよ!」
 小野さんは知らずか涙声だ。
(小野さんも呆れてんだ・・・ちょっと同情・・・)

 浩介、不良と意気投合。


 だが、状況は悪くなるばかりだった。春樹は相変わらずひねくれた会話をしているだけだし、小野さんもナイフを突きつけたままだ。
(この先、どうなるのだろう・・・)
 浩介がそう思ったその時、事態が一転した。
「もう我慢ならねぇ!お前から始末してやるよ!」
 そう叫んだのは小野さんだった。小野さんは佳奈子を放り投げると、ナイフを春樹に突きつけそのまま走りだした。
「杉山っ!」
 思わず叫ぶ浩介を尻目に、春樹は中腰になり、何かの構えをとった。その構えを見て、浩介が気付く。
(ま、まさかあれは多彩なバリエーションがあり、熟練すると発射したエネルギー波を自分の意思で曲げることができるようになるというあのかめは・・・)
「幽霊ビーム!」
「ぐぼうあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!」
(杉山の幽霊ビームが小野さんを吹き飛ばした!?・・・ってかネーミングセンスダサっ!)
 こうして、小野さん事件は解決したのである。
「終わらせ方無理やりすぎるだろ!?」


 小野さんが警察に連れて行かれるのを見届けると、帰り道で元に戻った浩介が佳奈子に話す。
「なあ、佳奈子さん・・・」
「ん?何かな?」
 浩介はちょっとためらってから続けた。
「今日のこと・・・なんかすいません・・・」
「なんでそんなこと言うの?」
「お、俺が佳奈子さんに遊園地に行こうなんて誘わなければ、こんなことには・・・」
 そう言うと浩介は黙ってしまった。そんな浩介を見て、佳奈子は言う。
「あのね、浩介君。あたしは浩介君に遊園地に行こうって誘ってもらった時、すごく嬉しかった。たぶんそれは、今日だけじゃなくてこれからもそう。だからね、あんなことちっとも気にしてないんだよ?」
「でも・・・」
「それに今日、浩介君は後退から前進への道を踏み出したんだよ」 佳奈子がそう言った時、佳奈子のケータイが鳴った。
「あ、お婆ちゃんみたい・・・もしもし?・・・うん、もう家に帰るよ。もう少しだから・・・うん、じゃあね」
「あの、佳奈子さん・・・」
「何?」
「・・・ありがとうございます」
 それは謝罪の言葉ではなく、浩介の心からの感謝の気持ちだった。
 それを聞いた佳奈子は、
「うん!」
とだけ答えると、手を振りながら自分の家の方向まで走って行ってしまった。
「いやぁ青春真っ盛りぃ!」
「・・・空気読めよ」
 疲れきったような顔で、春樹に応答する浩介。気付けば家の前だった。
「今日は疲れたな・・・」
「そうだね・・・あ、そう言えば、自転車どうしたの?」
「・・・あ」
 その後浩介が疲れた体に鞭打って、自転車を取りに行ったのは言うまでも無いだろう。

 気付けば時刻は夜八時。

 そして、春樹の消える日が来る・・・。




 最終日『歓喜と別れと出会いと』


 こうして、三日目の今日がやってきた。今日で春樹は浩介の前から消えてしまう。浩介は解っていたはずだった。最初はこの日が待ち遠しくてたまらなかったはずなのに・・・。
 浩介は今、一分一秒が惜しくてたまらなかった。
「・・・」
「・・・」
 浩介も春樹もお互いに話さず、ずっとこの調子なのである。そして時刻が一時になろうとした時、ふと浩介が立ち上がった。
「どこに行くの?」
「・・・散歩」
 ぶっきらぼうに答える浩介に微笑む春樹。そんな春樹を見てそっぽを向く浩介・・・。


 浩介が向かった先は、近所の公園である。噴水とベンチだけがあるシンプルな造りだが、浩介は気に入っていた。浩介は暫く辺りを見渡すと、公園の中で一際目立つ大きな木の方へ、ゆっくり歩きだした。
「・・・ここだ」
「・・・?」
 浩介が止まった先には、人が置いたと思える大きめの石があった。
「これは・・・何?」
 春樹が質問する。浩介は悲しそうな顔で答えた。
「俺の・・・金魚の墓・・・」
「・・・え?」
 ポカンとなる春樹。すかさず浩介がムキになる。
「だ、だから金魚の墓だ!悪いか!」
「・・・いや、君らしくていいんじゃないかな・・・」
「・・・杉山からそんな言葉が聞けるとは意外だな」
「以外って・・・酷いね、まったく・・・」
「・・・ははっ」
 春樹と話した後の浩介は、もう悲しい顔ではなかった。


 公園を出ると、浩介はスーパーへ向かった。籠を持って食材を入れていく。
「卵、牛乳、それから・・・」
「なぁに?」
「・・・玉葱とトイレットペーパー、あと唐辛子にじゃが芋。ついでに茄子と生姜に芋ようかん・・・」
「・・・何作るんだか・・・」


 両手に花、もといスーパーの袋を両手に抱え、川沿いを歩いて家に帰る。
「日が沈みかけているねぇ・・・」
「ああ・・・」
「ねぇ、小窪君」
「は、はいぃ!」
 あまりの衝撃に声が裏返る浩介。なぜなら春樹が浩介の名前を呼ぶのはこれが初めてだったからだ。そんな浩介を見た春樹は、いつも通りに笑ってから、続けた。
「・・・君は、自分が消えちゃうって時、どう思う?」
 それはあまりに残酷で、唐突な質問だった。だが浩介は答える。「俺ならなぁ・・・まず旨いもん沢山食って、佳奈子さんと沢山遊んで、それから・・・」
 浩介は一旦切って、続けた。
「俺の大切な人たちのこと、絶対に忘れないようにする」


 それから数十分後、浩介と春樹は帰宅した。浩介は家に入ると、まっすぐ台所へ向かった。
「今日の晩御飯、何作るの?」
「ん・・・秘密だ」
「・・・チャーハン作る気でしょ?」
「んなっ!?・・・ん、ん、ん、ん、んなわけな、な、な、な、ないだろう!」
「かなり動揺してるじゃないか・・・」
「自惚れるな!杉山のバーカバーカ!あっち行け!」
「はーい」
 その後、小窪家の食卓がチャーハンからピラフに変更になったのは、浩介と春樹だけが知っている事実だった。


 夕飯を食べ終わった浩介(一応春樹も含む)は、とりあえず風呂に入り、さっぱりしてから勉強をしていた。
「・・・」
「・・・」
「・・・なあ、杉山」
「何?どうしたの?」
「お前、何時帰っちゃうんだ?」
「もうすぐだよ。帰る時間が午後九時だから、あと・・・」
 春樹は時計をちらっと見て言う。
「・・・あと十五分だね」
「・・・そうか」
 浩介は納得し、更なる質問を春樹にぶつける。
「帰る時って、俺の家に居なくてもいいんだろ?」
「え?うん。まあそうなるね」
「・・・よし、行くぞ」
 何かを決めたように頷くと、浩介は立ち上がり、学校の制服を着始めた。
「今から何所に行くの?」
「解ってるくせに、いちいち聞くな!」
「はいはい・・・」
 時計が五十分を指す頃には、浩介は通学路を走り出していた。「はっ、はっ・・・み、見えて来た!」
 浩介と春樹の目の前には、学校の校庭。
「う、うちの学校、け、警備が、あ、曖昧だから・・・い、田舎だしな・・・」
「大丈夫・・・?」
「のーぷろぐれむ!・・・ゲホッ!」
「・・・」
 浩介と春樹は、静かに校舎へ入っていく・・・。


「ここだ・・・」
 しばらく歩いていた浩介が止まった所は、春樹と初めて会った時の階段だった。
「ここで僕たちは、初めて会ったんだよね・・・」
「ああ。ついこの前の事なのに、ずっと昔にあったことの気がするな・・・」
「そうだね・・・」
「・・・あと三分・・・か」
 腕時計を見て、浩介が呟く。
「そう言えばさ、杉山」
「何?」
「・・・お前は・・・」
「・・・あっ!体が!」
 浩介が何か言いかけたその時、春樹の体に異変が起こり始める。「・・・!?体が消えて行ってる!?」
「みたいだね・・・でも、なんか怖くないんだ。何でだろうね?」「・・・なあ、杉山・・・いや、春樹」
「!?」
「一つ言っておくが、俺はお前といたこと、後悔なんかしていない。むしろ楽しかったくらいだ。だから・・・」
「・・・」
 浩介は、真剣な瞳で、春樹に告げた。
「・・・また来いよ」
「・・・わかった」
 春樹の顔は、笑顔だった。

 そして、春樹は消えた。


 時は三月。浩介は町内の体育館で、背負い投げを相手選手にくらわせていた。体育館に主審の声が響く。
「一本!」
 汗を拭う浩介。ふと応援席を見ると、佳奈子が手を振っている。浩介は佳奈子の元へ急いだ。
「佳奈子さん・・・」
「やったじゃん浩介君!次は決勝だよ!」
「はい・・・」
「・・・?どうかしたの、浩介君?」
「実は・・・」
 浩介の声を遮るように、アナウンスが響く。
「・・・大会選手の、小窪浩介君、小窪浩介君、お客様がお見えになっています。至急一階ロビーまでお越しください」
「・・・えっと、とりあえず行ってきます」
「いってらっしゃーい」
 浩介がロビーに走って行くのを見送ると、佳奈子は誰かと話すように呟く。
「・・・また会えることになって、よかったね、浩介君・・・」


 浩介がロビーに着くと、人影は見当たらない。とりあえず係りの人に聞いてみる。
「あの・・・俺を待ってる人って、どこですか?」
「ああ、お客様ならあちらの待合室に向かわれましたよ」
「ありがとうございます!」
 浩介は待合室に行き、思いきりドアを開ける。そこには、
「・・・春樹!?」
「おっひさー!」
 ・・・死語を使う春樹が待っていた。
「お前、どうして・・・!?」
「また来いって言ったの誰だっけ?」
「・・・っ!」
「あっはっは!冗談だよ!・・・僕はね、もう一回命をもらったんだ」
「・・・は?」
「だから、もう一回命をもらったんだって」
「そ、そんなことができるわけ・・・」
 戸惑う浩介に、春樹は笑って言う。
「出来るんだよ。・・・というかあの時は死んで無かったから」
「・・・どういうことだ?」
「実はあれ、幽体離脱してただけなのでした!・・・僕はあの時、不治の病にかかっていてさ、生死の境を彷徨っていたんだ。そんなとき・・・」
「・・・」
「不思議な力が話しかけてきたんだ」
「・・・オヤシロ様?」
「違うから。祟りにあっていないから。・・・その不思議な力に誘われて、僕はテストを受けたんだ」
「てすと?」
「そう、テスト。僕が幽体離脱して、とりついた相手と仲を深めれば命は助かり、悪くなれば・・・」
「・・・死ぬ?」
「そう。その賭けに僕は乗り、勝った。そして今、ここにいるんだ」
「・・・」
「だから、ありがとう」
「・・・ん」
 春樹はそう言うと、にこっと笑い、椅子から立ち上がる。
「もう行くのか?」
「うん。最後に・・・」
 春樹は、先ほどと同じ言葉を最高の笑顔で言った。
「本当にありがとう」

 その後、浩介は、プレッシャーに負けて全治三週間の怪我を負ったとかそうでないとか・・・。


 その後、浩介は病室で十二月の出来事を思い出していた。
「あれから約三ヶ月・・・か」
 コップの水を一口飲み、目を閉じる。
「俺は一生忘れない・・・てか忘れたくても忘れられないよな、あんなこと・・・」
 思い出して、ほんの少し笑みをこぼす。そして、どこかにいるはずの杉山春樹へ、小窪浩介から、メッセージを送った。
「あの時の歓喜と別れと出会いと、俺は絶対に、忘れない」
 浩介のメッセージに返信するかのように、窓から風が入り込んだ。 




2007


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