f28
幸せの青い鳥を探す旅 U
〜 呪われし王の宝石箱 〜
P.N. 羽 舞 果 実
プロローグ
……夢を見ていた。
深い闇の中に、あたしは立っている。
闇の向こうに光が集まり、やがて人の形を成していく。
「秋桜(こすもす)の姉御、悲しまねえでくだせぇ…」
ガランの声が聞こえる。
「何を言っているの……?」
段々と光が弱まる。
元の深い闇に、あたし一人が取り残された……
「どうせ、私なんか、みんなの仲間じゃなかったんだ」
浮かび上がった光の中で、女の子が泣いていた。
幼かった頃のあたし!?……違う、あたしじゃない。
「誰?」
泣き声が響く。
「誰なの?泣いてないで答えなさい!」
光が小さくなっていく。
「待って!!」
夢中で手を伸ばした。
追いかけても、追いかけても届かない。
「消えないで――!!」
暗闇をつかんで、あたしは夢から覚めた………
第一章 夢の中の少女
シェフィード王国第二の都市、アルディスシティー。
一夜にして大金持ちになった男は、ただのビギナーズ・ラックだったらしく、あたし達が探し当てた頃にはすでに破産していた。
「…ったく、フィナもガランも勝手なんだから」
フィナは自分が言い出したこともすっかり忘れて、そこら辺の店で買い物しまくってるし、ガランはガランで、用事があるとか言っちゃって、どこかへ行っちゃうし……
誰のせいで、こんな遠くまで来たと思ってんのよ!
ぜ――んぶ、フィナ、あんたのせいなんですからね!
時々毒づきながら、あたしは何をするでもなく、一人で街の中をぶらぶらしていた。
まあ、宿は決めてあるから大丈夫、とは思うけど、二人ともちゃんと来れるか心配だし、もう少ししたら宿に行ってみようかな……
「姉御――!!秋桜の姉御!」
ガランが息を弾ませている。
「もう。今までどこに行ってたのよ!」
「すいやせん。フィナさんのお役に立ちそうな情報を集めていたんでやすよ。
なに、チィーとばかり、裏にコネがありやしてね」
得意げに鼻の穴を膨らませている。
「へぇ〜、そうだったんだ」
「新涼(しんりょう)秋桜とガラン=ブラウンだな」
真っ黒いローブを着た男がいきなり声をかけてきた。
フードを目深にかぶって、いかにも怪しいって感じがする。
「…だったら、なんだっていうのよ!」
あたしとガランは、いつでも剣が抜けるように構えた。
「こうするまでだ!!
水の精霊!氷の槍になり、あの者達を貫け!」
男の呪文によって生まれた槍が、あたし達に迫って来る。
あたしはとっさに呪文を唱えた。
「水の精霊よ!
その姿を盾に変え、我らを守りたまえ!」
………………………
精霊さん、お願い!!
……何も起こらなかった。
もう一度、呼びかけてみる。
………やはり、だめだ。
「何やってんすか、秋桜の姉御。
しっかりしてくだせい!!」
ガランはあたしをかばいながら、氷の槍を剣で受け止めていた。
「ご、ごめん。
向こうの方が、あたしよりも水の精霊との相性が上、ってことみたいで……
だから、ガラン、頑張って!」
「なんとか、ならねえンでやんすか?」
「聞いて、ガラン。
魔法を使うには、精霊さんに呼びかけて、力を貸してもらわなきゃならないの。
そして、力を貸してもらう代わりに、術者は体内に宿っている魔力の一部を精霊さんに与えなければいけないことになっているの―――」
「手短かにお願いしやす」
あたしは大丈夫だけど、氷の槍を一人で受け止めているガランは確かに大変だわね。
でも、短く出来ないのよ〜、これからが大事なんだから。
「魔力にも個性があって、水の精霊と相性がいいのやら、風の精霊と相性がいいのやら、術者によって色々なわけ。
でもって、戦ってる同士が同じ精霊さんに呼びかけた場合、精霊さんはより相性のいい方にしか力を貸してくれない…」
「つまり、どういうことで?」
「だから、あいつと戦っている時は水の魔法が使えないってことよ」
「なら、水以外の魔法を使えばいいでやんすか!」
「それが出来たら、とっくにやってるわよ!!」
本当は、もう一つ出来る魔法があるにはあるんだけど、使うにはあまりにも危険過ぎた。
「そういうことでやしたら、あっしに任せてくだせい!!」
気合いと共に、ガランが大剣を振り上げ、男に向かって駆け出した。
「水の精霊!!氷の刃となって、我に立ち向かいしあの者を切り裂け!!」
氷の刃が、ガランめがけて飛んで来る。
「へっ、水の塊なんか怖かねえぜ」
ガランが氷の刃を切り裂く。
二つに折れた氷の刃は、地面に吸い込まれるようにして、すっーと跡形も無く消えた。
再び、男が精霊に呼びかけた。
「水の精霊!!あっ―――」
「スキだらけだぜっ!」
ガランの大剣が男の頭上をかすめる。
当たったわけでもないのに、男は大げさな悲鳴を上げ、その場に倒れ込んだ。
どうやら、気を失ったらしい。
「ふう、……終わったでやんすよ!秋桜の姉御!」
とびっきりの笑顔でガランが振り向いた。
こう言っちゃあ、なんだけど、その顔 気持ち悪いよ………(ゴメン)
「そこの三人!逮捕する!それっ!」
集まっていた野次馬達の間をぬって、騎士隊が現れた。
「逃げやしょう」
「大丈夫。なんとかなるから」
焦るガランを尻目に、あたしは余裕で構えていた。
だって、騎士隊の中に知っている顔がいるんだもの。
「…しっ、新涼副隊長殿ではありませんか!」
ふふっ、驚いている、驚いている。
「ニックス殿。お知り合いなのでありますか?」
周りにいた騎士達が、あたしとニックスを見比べて、怪訝そうな表情をしている。
「このお方は、シェフィード王国親衛隊の副隊長、新涼 秋桜殿である!」
ニックスが敬礼なんかするから、あたしもつい、つられて敬礼してしまった。
「そう言われてみれば、確かに…。
自分は、髪形が違っておられたので気が付きませんでした!!
失礼致しました!」
騎士達が、あたしに最敬礼をする。
「…もう、いいから。
副隊長たって、半年も前のことだし……」
髪形を変えただけなのに、そんなに印象が違うのかな〜
騎士隊のみんなには、どう映っているんだろう?
ちょっと恥ずかしいかも。
久しぶりに懐かしい顔に出会って、ガランのこと、すっかり忘れてた。
…案の定、状況がよく飲み込めないらしく、ボウゼンとしている。
「…ところで、王国親衛隊のあんたが、なぜ、この街にいるの?」
あたしは、さっきからずっと気になってたことを、単刀直入にたずねた。
疑問を疑問として残しておくのは、あたしの性に合わない。
「実は、この街に駐屯している騎士隊では手に負えない事件が起きたものですから…
……これ以上のことは、いくら秋桜副隊長殿でも………」
ニックスが言葉をにごした。
まあ、今は副隊長でも何でもないのだから、仕方がないって言えば仕方ないんだけど、胸のモヤモヤが一層深まった気がする。
「そこをなんとか。ねっ、お願い!」
なおもしつっこく食い下がろうとした時、人込みの中を縫うようにして、数本の短剣が飛んできた。
話に気を取られていたあたしは、そのうちの何本かを避け損ねた。
鈍い音と共に痛みが走る。
短剣の柄が、あたしを直撃したのだ。
「あははは…。失敗しちゃった」
あたしは、痛む脇腹を押さえながら、声の主を探した。
…いた!
その少女の顔を見た途端、あたしの中に今朝の夢が甦ってきた。
あたしの目の前で笑っている少女は、どこから見ても、夢の中の少女そのものなのである。
「あの栗色の髪の少女を捕まえろ!!」
ニックスの命令で騎士達が一斉に動いた。
「相手は子供だ。手加減を忘れるなよ」
ニックスは、相変わらず優しいんだ。
それにしても、あの子、何者なんだろう?
油断してたとはいえ、殺気に全然気付かなかったなんて……
それなりにすごい使い手だとは思うけど、もしかしたら、ちょっとドジ!?
第二章 新しい仲間?
あたしとガランが騎士駐屯所を出たのは、辺りが大分暗くなってからだった。
ガランには悪いけど、思い出話に花が咲いてしまったんだからしょうがない。
きっと、フィナも待ちくたびれている頃ね。
急がなくっちゃ……
「久しぶりだな、秋桜」
この急いでいる時に、誰?
「私のことを忘れたのか?」
その声は………
「失礼致しました。
お久しぶりです、ローハイム隊長殿!」
緊張で身体が固くなる。
「元気にやっているようで何よりだ、秋桜。
お前達がグランスレード・マフィアを倒したことが、かなり噂になっている。
これからは、名を挙げるために、お前達の命を狙うヤカラがたくさん出てくるだろう。
気をつけることだ。」
言うだけ言うと、ローハイム隊長は何事も無かったように駐屯所に入って行った。
あたしは後姿に最敬礼をすると、フィナが待っているであろう宿屋に向かって、猛然とダッシュした。
あまり遅くなったら、フィナに怒られる!
「ずいぶんと怖そうなお人でやんすな」
別に大声を出す必要もないのだけど、走りながらだったので、ガランは自然と声が大きくなってしまったようだ。
「シィ―――。駐屯所が見えなくなったからって、あんまり大きな声、出さないでよね。
それに、ああ見えても、結構優しいんだから」
「優しい、でやんすか?」
納得のいかない様子で、ガランが考え込んでいる。
「優しいものは優しいんだから。
それに、あんたには関係ないでしょ!」
なんだか、あたしの思い出にケチを付けられたようで、つい大声を出してしまった。
「遅過ぎですわ、秋桜さん。
何をしてらしたのですか?」
フィナが聞いてきた。
いつも通りだけど……、何か様子がおかしい。
「ごめん、ごめん」
取りあえず謝ってみたけど、やっぱり何かが変。
「事情によっては、許して差し上げないこともないですけど…」
そう、フィナが変なのだ。
あたしは取り合えず、あたりさわりのないところから話すことにした。
「…フィナは知らないと思うけど、色々とあって………」
フィナがくすりと笑った。
「とっくに存じておりますわ。
なんでも、硝子の靴よりも役に立っていらっしゃらなかったそうで…
もう、街中の噂になっていましてよ。
それにしても、今の秋桜さんのお顔ったら……」
後ろを向いたフィナの肩が小刻みに震えている。
「もう!知っているんなら、聞かないでよね!」
そんなに笑わなくても………。ねえ、ガラン。
なんとなく見ただけだったのに、ガランは何か勘違いしたらしく、大きく頷くと一気にまくし立てた。
「飛帝国の初代皇帝の墓に、魔道具を収めた宝石箱があるそうでやんす!!」
フィナが真顔になった。
「それで、その場所は?」
…………………。
「…知らないのですか?」
「すいやせん」
ちょ、ちょっと、ガラン。あんたの情報って、それだけ!?
「…ふう。ガランさんもですか。
どうして、硝子の靴よりも役に立たない方が、二人も揃ってしまったのでしょうか……」
フィナはため息をついて、じろりとあたしを見た。
うっ、かえってやぶへびじゃないか――!!
ガランのバカ!
……だけど、フィナがさっきから言っている硝子の靴って、そんなに価値のある物なんだろうか………?ちょっと疑問。
「……まあ、いまさら言っても仕方ありませんわね。
夜更かしはお肌の大敵ですし、寝ますわよ」
「そうでやすな」
さっさと電気の消された部屋で、ガランが一人納得している。
あたしも早く寝ようっと。
着替えようとして、あたしはあることに気が付いた。
「ガラン、あんたの部屋はあっちでしょ。
それとも、まだ用があるの?」
さも当然のように、ガランが居座っていたのだ。
「く、暗いでやすから、秋桜の姉御が着替えているところなんて、これぽっちも見えてやしませんて!!」
しっかり見えているじゃないの!このドスケベ!変態!
「早く出て行け―――!!」
あたしはガランを思いっきり蹴り飛ばすと、ドアに鍵をかけた。
それでも安心は出来ない。
例のストーカー男(ジェラルのこと)も近くにいるだろうし。
気休めかもしれないけど、ありったけの椅子やテーブルを、ドアと窓のところに積み上げた。
無いよりはましでしょ…、ふぁ〜〜〜〜〜。
フィナも寝てるし、あたしもそろそろ………、おやすみなさい。
あたしは何もない部屋の中にいた。
ひんやりとした空気があたしを包む。
かたわらには、あの栗色の髪の少女がいる。
そして、もう一人、青白い顔をした男が、あたしの目の前に立っている。
フィナとガランが一つしかない扉から入って来た。
男の唇がかすかに動く。
男の指先から放たれた氷の矢が、ガランの心臓を深く、静かに貫いて消えた………
ドッスンッ!!
大きな音に、あたしは目が覚めた。
(フィナ…?)
違った。黒い影が月明かりの中でうずくまっている。
……動く気配は無いようだ。
辺りに注意を払いながら、出来るだけ音を立てないように、そっーとベッドを抜け出し近付いてみる。
!?……昼間の少女だ。
気絶してるようだけど、……なんでここに?
「どうしやした?何かあったでやすか?」
ガランの大きな声が聞こえてきた。
ドアを開けようとしているのか、ノブをガチャガチャ回している。
「なんでもないから、部屋に戻って」
バリケードがあるから大丈夫とは思うけど、あたしは今、完璧に下着姿なのだ。
入ってこられたら困る。
…ガッチャッ。ドッシャ―――ン!!
けたたましい音と共に、ドアが開いたというか、壊れた。
ガランが力任せに突っ込んで来たのだ。
「大丈夫って言ったでしょ!このドスケベッ!!」
あたしはガランの顔めがけて、思いっきり枕を投げつけた。
フィナのネグリジェ姿ならともかく、あたしの下着姿を見るなんて、百年早い。
あたしはガランを窓から放り出すと、フィナの方をチラッと見た。
フィナのネグリジェ姿ならともかくなんて、ちょっと言い過ぎたかな……
まあ、何があっても起きない子だから平気だろうけど、起きてたら怒るだろうなあ〜
取り合えず、この小さな侵入者はロープでグルグル巻きにしておけばいいよね。
寝なきゃ………
でも、その前にもう一度戸締り、と。
「いったい、何があったのですか?」
フィナの声がなんとなく聞こえる。
「……ん」
まだ、半分寝ていたあたしは、答えるのがおっくうで黙っていた。
「あれはどなたですの?」
フィナの声が間近で聞こえる。
「……ん」
「秋桜さん!!」
あたしはあわてて飛び起きた。
「おふぁほぉ、フィナ。
あれ、って……?」
「おふぁほぉ、じゃありませんわ。
何度起こしたと思っていますの?」
「えへ。ごめん、ごめん。
で、あれって何?」
寝起きのあたしは、自慢じゃないが、頭の回転がすこぶる鈍い。
フィナが無言のまま部屋の一角を指差した。
そうだ、グルグル巻きにしておいた少女がいたんだっけ……
忘れてたわ……
「ああ、あの子のこと。
あの子が昨日寝る前に話した少女よ。
夜中に天井から降って来たの」
「そうでしたの。
でも、秋桜さん、お口のロープぐらいはずしてあげないと息が出来ませんわよ」
そう言えばそうよね、……って!?
どうして?
あたしもそこまではグルグル巻きにしていない。
もしかして、また誰かか忍び込んでるっ!?
辺りを見回してみたけどバリケードは昨日のままだし、こんな狭い部屋に隠れるところなんてあるわけないし……
なら、なんで???
「このあたしを捕まえるなんて、あなた、なかなかやるじゃないの!!」
あたしが考え込んでる間に、フィナが口のロープをはずしたらしい。
「なんで、あんた、口まで?」
疑問を解決するのが先、あんたの話はその後で聞くから。
「あ、これ。
あはは、縄抜けに失敗しちゃった」
なるほど……って、やっぱりこの子、ドジだわ。
「あなたねえ、あたしを捕まえるなんてとか言ってるけど、自分から捕まりに来たんじゃないの。
よく言うわ」
あたしは、あきれて二の句が告げない。
「秋桜さん、またずいぶんと可愛い女の子に狙われたものですわね」
フィナ、ドジを可愛いって表現できるあんたは、つくづくエライと思うよ。
到底、あたしには真似できないわ。
「それはそれとして、この子をどうするつもりですか?」
そう聞かれても、取り合えず縛っておいただけなんだから、あたしに考えなんてあるわけがない。
「……フィナ、どうしたらいい?」
「ちょっと、無視しないでよ!!
こう見えても、あたしは16歳よ。
年下のあなた達に‘この子’呼ばわりされる覚えなんてないわ!」
あたしとフィナは改めて少女を見たけど、とても16歳には見えない。
あたしと同じで若く見られるタイプなんだ。
「秋桜さんと同じ年齢なのですね」
少女があたしを見つめる。
あたしも少女を見つめた。
「仲間!!」
少女が叫んだ。
「いきなり、何?」
あたしは横にいるフィナを見た。
「秋桜さんと私、年齢よりも若く見られる‘年下にしか見えない仲間’なんです!」
そんな仲間、ちっとも嬉しくな―――い!!
大体、‘年下にしか見えない仲間’って何よ。
「あら〜、お仲間なら名前も知らないなんて変ですわ。
早く自己紹介した方がいいですわよ、秋桜さん」
「私は無花果 菖蒲(いちじく あやめ)、よろしくね!!」
よろしくって、………
「あらあら、秋桜さん。先を越されましたわね。
菖蒲さんの‘年下にしか見えない仲間’のお名前は、もうご存知かもしれませんが、新涼 秋桜さんですわ。
そして、あたくしはフィナ=メイアー。
菖蒲さんのお仲間の仲間ですわ」
フィナが何度も仲間、仲間っていうもんだから、その度に無花果 菖蒲と名乗った少女の瞳が輝きを増してくる。
フィナ、他人事だと思って楽しんでいるんでしょ!
菖蒲もすっかり仲間気分だし……、どうしよう?
「秋桜さん、もう縄をほどいてもいいんじゃないかしら?
彼女に敵意はないようですし、それになんと言っても、秋桜さんのお仲間ですものね」
とか言いながら、すっかりほどき終わってるじゃないの!
「ところで、菖蒲ちゃんは飛帝国の出身なのですか?」
フィナと無花果 菖蒲がなごんでいる。
「うん、そうだよ」
彼女が飛帝国出身なのは、彼女の名前から分かっていた。
あたしも飛帝国の生まれなのだ。
「もしかしたら、飛帝国初代皇帝のお墓のある場所を知っていたりしませんか?」
「もちろん知ってるよ」
「決まりですわね、秋桜さん。
菖蒲ちゃんは私達のお仲間ですわ」
フィナが意味ありげに微笑んだ。
ふう〜ん、そういうことだったの。
無花果 菖蒲は、黒いセーターに薄茶色のミニスカート、そしてミニスカートと同じ色の大きめのボレロを着ていた。
昨日は暗くてよく分からなかったけれど、あまり彼女に似合っていないと思う。
「ひどいでやんすよ、秋桜の姉御」
いきなりドアが開いて、ガランが飛び込んできた。
あたしはまだ下着姿のままだ。
「しぶといんだよ!!てめえは!!」
またしても、あたしの投げた枕がガランの顔面を直撃した。
第三章 菖 蒲(あやめ)
「……どうしても、お前は忍者になりたいと申すのか?」
初老の男が菖蒲にたずねた。
「もちろんだよっ!!」
あたし達は初代皇帝の墓に向かう途中、無花果流忍術の里に立ち寄った。
初老の男の名は、無花果 木槿(むくげ)。無花果流忍術の頭領であり、菖蒲の祖父だ。
「そうか……」
木槿は大きく頷くと、菖蒲に優しく語りかけた。。
「お前はまだ若い。
今は焦らずとも、広く世の中を見て回ることが大事じゃろうて」
無花果 木槿があたし達の方を見た。
「おぬし達は、これからも菖蒲と旅を続けるつもりかの?」
「そのつもりですわ」
フィナは当然と言った様子だが、あたしはどうなんだろう……
あたしは菖蒲のことを仲間と思っているんだろうか……
ここに来るまで様々な冒険をし、一緒に危ない目にも会ってきた。
「あたしも菖蒲は、あたし達の仲間だと思っています」
いつのまにか、菖蒲はあたしの中で大切な仲間となっていた。
「…秋桜の姉御がこの嬢ちゃんのことを仲間と言うんでやしたら、あっしにとってもこの嬢ちゃんは仲間でやんす!」
「そうか…。
ならば、話したいことがある。
菖蒲、お前は外せ」
菖蒲は何か言いたげに木槿を見たが、そのまま黙って部屋を出て行った。
「……………。
菖蒲も行ってしまったようだし、もうよいかの。
おぬし達、菖蒲と旅を続けるのであれば、菖蒲に絶対‘ドジ’とだけは言ってはならんぞ」
「なぜですの?」
フィナが興味深げに木槿を見た。
「まあ、いずれ分かる時が来るじゃろうて。
……菖蒲も心配していることじゃろう。
早く行ってあげてはくれないかの。
わしの可愛い孫じゃ。よろしく頼むぞ」
後ろ髪を引かれる思いで、あたし達は菖蒲の元に向かった。
話したいことがあるんなら、はっきり言えばいいのに、中途半端に話すもんだから余計気になってしまう。
「それにしても、デッカイお屋敷でやすなあ」
ガランが辺りを見回して、しきりに感心している。
「そうですわね。
わたくしの家の方が大きいですけど」
フィナったら、さりげなく自慢してる。
「お前みたいなドジが忍者になるなんて、無理なんだよ!!」
突然、男の怒鳴り声が聞こえてきた。
よくは聞きとれないが、誰かと口論しているらしい。
あたし達は声のする方に急いだ。
「……ドジって言った。…私、ドジじゃないもん。違うもん!!」
菖蒲の身体から殺気がほとばしる。
男の顔から血の気が引いた。
「くそっ」
男が剣を抜こうとした瞬間、菖蒲の短剣が素早く男の首を貫いた。
ボレロの大きい理由が分かった。
ボレロの中に短剣を隠していたのだ。
そしてもう一つ、木槿の言った「菖蒲にドジと言うな」という言葉の意味も分かった気がする……
「あはは…、見ちゃった?」
照れ笑いを浮かべながら、少し困った様子で菖蒲が振り向いた。
「菖蒲さんはお強いのですね」
フィナが微笑んでいる。
相変わらず、状況がよく飲み込めてないみたいね……
あたし達も菖蒲に‘ドジ’って言ったが最期、あの男と同じ目に会うってことだよ!!
「秋桜は特別だよっ!
仲間だもん!!」
あたしなら‘ドジ’って言ってもいいってことを言いたいのだろうけど、心の内を見透かされたようで背筋に冷たいものが走る。
「じゃあ、今度は私の家に案内するね!」
「あの…、ここはあなたのおうちじゃないのですか?」
走り出そうとする菖蒲に、フィナがたずねた。
「うん。ここはただの道場だよ」
「あのでっけえお屋敷は道場なんでやんすか?」
「うん。昔、私達みたいな忍者は屋敷に潜入することが多かったから、その名残りみたいなものかな?」
菖蒲が寂しそうに笑った。
菖蒲の家はどこにでもありそうな普通の一軒家だった。
「何か作ってくるから、適当にお茶でも飲んで待っててよ」
家に着くなり、菖蒲は台所に向かった。
「あたし、ちょっと手伝ってくる」
あたしは急いでお茶を飲み干すと、台所へと走った。
菖蒲が何かドジをするんじゃないかと心配だったからだ。
でも、それはあたしの取り越し苦労だったようで、台所の菖蒲は手つきも鮮やかに包丁を使っていた。
「手伝おうか?」
せっかく来たんだから、黙って戻るのもなんだし、ね。
「別に…。
でも、秋桜がいてくれるなら嬉しいな!!」
切った具材を手際よく鍋に放り込むと、菖蒲は本当に嬉しそうにあたしを見た。
おいしそうな匂い……
鍋の中でシチューがグツグツと煮えている。
実を言うと、あたしは料理が出来ない。食べる専門。
だから、皿に取り分けたシチューぐらい運ばなくちゃね。
「まだダメ」
シチューを運ぼうとしたあたしを菖蒲が止めた。
………?
「これを入れて、と……」
菖蒲はボレロの中から黒い丸薬を取り出すと、二皿分のシチューに入れた。
「何を入れたの?」
「もちろん、毒だよ」
あたしは自分の耳を疑った。
あたしの聞き間違いであれば、いや、聞き間違いであって欲しい。
「仲間なんじゃなかったの?」
あたしは菖蒲を正面から見つめた。
「なんで?
仲間は秋桜だけだよ」
あたしの言ってることが理解できないというように、菖蒲は大きく頭を振った。
「おっ、うまそうなシチュー。
匂いにつられて、来てしまったでやんすよ」
ガランがシチューに指を突っ込んだ。
「ガラン、だめ!!」
「ちょっとぐらいいいでやんすか〜、秋桜の姉御〜
これをあっしのにしやすから〜」
何も知らないガランはおいしそうにシチューのついた指をなめた。
みるみるガランの顔が青ざめていく。
「…塩が濃過ぎでやんす………」
それがガランの最期の言葉だった。
ガランのバカ!止めたのに聞かないから……
ガラン、あんたの顔がにじんできたよ。変だね……
あたしはガランをそっと下に置くと、菖蒲をにらみつけた。
「あれれ…、しょっぱくなるはずなんて無いんだけど……」
菖蒲が首をかしげながら、ボレロの中を探っている。
「あっ、間違えちゃった」
「…なんだったの!?」
あたしは祈った。
「あーあ、しょっぱかった。
秋桜の姉御、水が欲しいでやんすよ〜」
えっ!!!!!
ガランの声がしたような……
あたしは恐る恐る後ろを振り向いた。
……ガランが起き上がっている!
なあんだ。死んでしまったとばかり思ってたのに…、悲しんで損したわ。
もっとも、叩いても死ぬようなガラじゃなかったわね。
「…で、何を入れたの?」
菖蒲の目の前まで顔を近付け、今度は落ち着いてゆっくりとたずねた。
「えっ、何って、あの…
塩分補給用の丸薬、かな…。エヘッ*」
可愛い娘ブリっこしてもダメ!
でも、つくづくあんたってドジねえ〜
ま、今回はそのドジに救われたんだから、ドジも早々捨てたもんじゃないわね。
第四章 呪われし王の宝石箱
「秋桜の姉御、壁が風化してもろくなってやすから、気ィ付けてくだせえ」
初代皇帝の墓は荒れ果てていた。
「ところで菖蒲さん、さっきから気になっているのですが、このお墓には誰も警備の方がいらっしゃらないのですね」
そのことは、あたしも気になっていた。
墓に侵入したあたし達を見とがめる者は一人もいない。
「だって、この場所、だれも知らないもん」
「じゃ、なんであんたが知ってるわけ!?」
嫌な予感がする。
またドジってない?
菖蒲、大丈夫だよね?
「無花果流は昔、帝国の中枢にいる人達に仕えてたから…」
菖蒲が心なしか悲しそうな顔をした。
「次は右でやすな」
ガランが地図を片手に、意気揚揚と先頭を歩いていた。
膨れっ面の菖蒲が文句を言いながらその後に続いている。
「地図さえあれば、私が一番前なのに……」
地図は、元々、菖蒲の家の蔵の中にあったものだ。
それをガランが見つけて、勝手に持ってきたもんだから、菖蒲にしてみればなおさら面白くないというもの。
「それは無理でやんすな。
譲ちゃんに任かせといたら、何されるか分かったもんじゃねえ」
当たり前のことだけど、ガランはいまだに例のシチューの件を根に持っている。
あの後、フィナがこんこんと菖蒲にお説教してたから、もう大丈夫とは思うけど……
ガランにしてみれば、そうもいかないか。
二人のやり取りを聞いて、フィナが笑っている。
目の前に、今までとは明らかに違う幅の広い通路が現れた。
「何かありそうね」
「手っ取り早く調べる方法がありやすよ、秋桜の姉御」
ガランがフィナと菖蒲の後ろに素早く回り込み、いきなりその背中を押した。
二人がつんのめって前に倒れる。
カチッ。…ゴォォォ――――
足元の床が音を立てて崩れ始めた。
落とし穴だ!
「危ない!!」
物陰から現れた男がフィナの腕をつかみ、大事そうに抱えた。
「なんでここにいるんだ!?」
突然現れたジェラルに、ガランが驚いている。
「ただの通りすがりですよ」
ジェラルの答えは、あたしの予想通りだった。
ま、あんたの登場もあたしの予想の範囲内だけど……(フィナのストーカーだもんね)
「ガラン、穴の下はどうなってる?」
ガランがあわてて地図を開くけど、モタモタしているばかりで 遅過ぎる!!
あたしが確認した方が、ず――っと早い。
あたしはガランから地図をひったくった。
「…地図が正しければ、この穴は地下と繋がっている……
ちょっと調べてくるから、フィナをお願いね」
「任せてください!」
ジェラルが張り切って答えた。
あたしはあんたにではなく、ガランに言ったんだけどな〜。
ま、いいか。
あたしは穴から暗い地下へと降りた。
「どうせ、私なんか…、みんなの仲間じゃなかったんだ……」
夢……!?
あたしはまだ夢の中にいるのだろうか?
ドッスン!!
バランスを崩し、お尻から落下してしまった。
ダメージはほとんど無いけど、大きな音が上にも聞こえていそうで恥ずかしいかも……
それに、お尻も痛いし、……ていうことは、やはり現実よね。
あたしは急いで辺りを見回した。
「誰…?」
冷たい声が響く。
菖蒲の声だ。
その表情は能面のように動かない。
里で男を殺した時と同じ眼だ。
「どうしたの!あたし達仲間でしょ!」
今思えば、落下する前に聞いた声も菖蒲の声だったように思う。
少々乱暴だけど、菖蒲の頬を引っぱたいた。
「……秋桜?」
菖蒲が目に涙を浮かべて、抱き付いてきた。
よかった、元に戻ったのね。
「…やんすか〜。秋桜の姉御〜!
今、迎えに行きやすから、待っててくだせえ〜!!」
ガランの大声に驚いたのだろうか、菖蒲があたしを突き飛ばした。
「えっ、なに?どうしたの?」
「テ*キ*」
短剣をボレロから取り出しながら、菖蒲が少し照れたように耳元で囁いた。
あたしには暗くて何も見えない。
何かがあたしに向かって振り下ろされた。
武器らしいけど……
暗闇に目が慣れたせいか、輪郭がおぼろげながらも分かってきた。
剣だ!
あたしは自分の剣を抜いて、影の攻撃を受け止めた。
そして、そのまま一気に斬る。
あたしの勘だけど、こいつらは人間じゃない。
「くらえー!!必殺『菖蒲特製、閃光弾』!!」
菖蒲の投げた弾が地面に当たって飛び散る。
眩し過ぎるぐらいに明るくなった。
「あはは、また失敗しちゃった」
あまり期待していなかった分、明るくなっただけでもなんか感激。
敵は、やはり人間ではないようだ。
傷口から全く血が出ていない。
あたしは明るくなったのを幸いに、どんどん敵に斬り付けた。
「秋桜って、もしかして、暗視出来ないの?」
そんなもん、出来る奴の方が少ないつ――の!
力は相手の方が強い。
壁を背にして闘っていたあたしは、とうとう壁に押し付けられてしまった。
カチッ。
音がして、あたしのすぐ横の壁が開いた。
隠し通路だろうか…
「菖蒲、逃げるわよ!」
あたしは菖蒲の腕をつかむと、隠し通路に押し込んだ。
「なんで逃げるの?
楽勝だよ!」
答える代わりに、あたしはボロボロの刃こぼれした剣を見せた。
敵の皮膚は固いらしく、あたし達の剣はとっくにただの金棒になっていた。
通路の先には部屋があった。
棺が置いてある。
さっきの敵がこの墓の守護者だとしたら、これが『王の宝石箱』なんだろうか?
敵もさすがにここまでは追って来なかった。
「…これが、『王の宝石箱』?」
慎重に棺のふたを開ける。
中を覗いた途端、あたしは凍りついた。
中では、作り物のように端整過ぎる顔立ちの男がひっそりと眠っていた。
その青白い顔といい、またしても夢の中で見た顔にそっくりだったのだ。
第五章 決 着
「私を目覚めさせてくれたのはあなたですか?」
棺の中の男がゆっくりと立ち上がった。
「……あなたは、誰?」
「私はディグス。意志を持つ、人型魔道具です」
長い間放っておかれたせいだろうか、言葉が少し聞き取りづらい。
「古代文明が栄えていた頃は‘魔人’とも呼ばれていました」
「えっ、それじゃ、『滅びの伝承歌』に出てくる三大魔人の一人って、君なの?」
好奇心に満ちた表情で、菖蒲がたずねた。
未知のものに出会えた喜びが、菖蒲を饒舌にしているらしい。
「まさか、この時代の人が私のことを知っているなんて驚きです」
ディグスはぎこちない微笑みを浮かべて、軽く会釈をした。
「まさか、いにしえの悪しき文明が残っているとは……
私は与えられた使命を果たさなければならないようです」
「あなたの使命って?」
「悪しき文明を持つこの世界を滅ぼすことです」
うすうす感付いてはいたけど、やはりそういうことか…
「この秋桜、元シェフィード王国親衛隊副隊長の名にかけて、そんなことはさせない!!」
「大丈夫でやすか〜!秋桜の姉御」
身構えたあたしの背後から、ガランの間の抜けた声が聞こえてきた。
フィナとジェラルもいるようだ。
あたしは次に何が起こるか、知ってる!?
「氷よ、貫け」
ディグスの作り出した氷の矢が、ガランに向かって飛んで行く。
「ガラン!!よけて―――!!」
「へっ、?なんでやすか〜?
聞こえなぃ…」
間に合わなかった……
ディグスの放った矢がガランの胸を深々と貫いた。
夢で見た光景が広がっていく。
「ガラン!!
ガラン、返事をして!」
あたしはガランに駈け寄って、その身体を抱き締めた。
涙がガランの上に落ちる。
「……秋桜の姉御、悲しまねえでくだせえ……
あっしは今、最高に幸せなんでやすから。
秋桜の姉御に抱き締めてもらえるなんて、もう死んでもいいでやんすよ」
ガランが嬉しそうに笑った。
ガラン……、冷たくしてごめんね。
優しくしてあげればよかったね。
「なぜ死なぬ?心臓を貫いたはずだぞ!」
「あいにく、あっしの心臓は右にあるんでやんすよ」
「…このまま、秋桜の姉御の腕の中で死ぬのも悪かねえと思ってたでやすが、
どうせ助からねえ命なら、秋桜の姉御のために、あいつを道連れにしてやりやすよ」
ガランはあたしの腕を振りほどくと、火帝大剣を構えて立ち上がった。
胸の赤い染みがじわりと広がっていく。
「炎よ!」
ガランの言葉と共に振り下ろされた大剣から火球が生まれ、ディグスの方へと向かっていく。
「水よ、守れ」
水の壁が火球を阻む。
ディグスめがけて、ガランが水の壁に突っ込んだ。
ガランの大剣がディグスの胸をえぐる。
「なかなかやりますね」
悔しいほどに落ち着き払ったディグスが、何事もなかったかのように笑っている。
「炎よ、燃やし尽くせ」
ガランの身体を炎が包み込んだ。
「健闘したご褒美に教えて差し上げましょう。
私の急所はここですよ」
ディグスが額を指し示す。
『女神の瞳』によく似た石がはめ込まれている。
「……余裕でやんすか?」
「遊びですから」
束になってもかなわないってことか……
分かっていたことだけど、こうはっきり言われると結構ムカツク。
でも、その余裕が命取りかもよ……
「時の精霊よ!
我が呼ぶ声が聞こえたならば、
我が魔力が汝の欲するところならば、
かの者の時を止めたまえ!」
ディグスを倒すチャンスは今しか無い。
あたしは時の精霊に呼びかけた。
世界の時間軸を壊すかもしれない危険な精霊だ。
「バカな、時の精霊だと…!!」
ディグスの顔がわずかにゆがんだ。
恐いのだろう。
あたしだって恐い。
…………………
しーんと静まり返っている。
何も起こらない。
「はっ、はっ、はっ、は。
たかが人間の分際で、時の精霊の力を借りられるとでも思ったか!」
ディグスが勝ち誇ったように言い放った。
悔しいけど、あたしにはもうどうしようもない。
(熱い。何……?)
突然、ズボンのポケットの辺りが熱くなった。
すっかり忘れてたけど、ポケットにはガランから渡された『女神の瞳』が入っている。
それが熱を帯びて、淡い光を放っていた。
「……精霊石を持っているのか!?」
ディグスが驚くのと同時に時が止まった。
なぜ、時が止まったのか分からないけど、こんな幸運を見逃す手はない!
パリン!
あたしは剣を使って、ディグスの額の石を叩き割った。
ディグスがゆっくりと崩れ落ちる。
ボロボロの剣だけど、こんな使い道もあるのよ。
「…終わったのかな」
「いいえ、まだ終わってませんわ」
フィナが優しく微笑んだ。
「ディグスはもう秋桜が倒しちゃったよ」
「先ほど人達(?)が、わたくし達の出て来るのを、ほら、そこで首をなが――くして待っていますわ」
「えっ!倒してくれたんじゃないの?」
「わたくしは普通に歩いていただけですわ。
ギプソンさんが壁になって守ってくれましたの。
ね、ギプソンさん」
いつにも増して傷だらけのジェラルが得意げな表情で頷いている。
あたしは力を使い果たして、もうクタクタ。
悪いけど、ギプソンさん、後は任せるからよろしくね。
エピローグ
「ここら辺でいいかな?」
あたしはガランの火帝大剣を、小高い丘の上に突き刺した。
「戦士の墓標は剣で十分、ということですわね」
「なんで人が死んだぐらいで、こんなことをするの?」
忍びとして生きてきた菖蒲には、死ぬということがよく分かっていないらしい。
「…それじゃあ、そろそろ出発しようか」
「秋桜さん、今日はいつになくやる気なのですね」
「当ったり前じゃない!
こんなところで立ち止まってたりしたら、ガランに笑われちゃう」
それに、ディグスの最後の言葉も気にかかるし、確か『女神の瞳』のことを精霊石って言っ
てたっけ……
謎がどんどん深まり、増えていくばかりだ。
グズグズなんかしてられない。
「さあ、フィナ!菖蒲!行くよ!!」
ガランがその謎のために死んだのなら、あたしが絶対その謎を解き明かせてみせる。
見ててよ、ガラン……