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PN  果


プロローグ

  自分を変える「きっかけ」を見つけることは難しいようにみえても、案外簡単なことから始

 まるのかもしれません。これは小さな小さな世界の小さな小さな街に住む小さな妖精さんが、

 そんな「きっかけ」を見つけるお話です……。

 

 

「今日から皆さんの新しいお友達になるフェン君です。」

 担任のありふれた言葉に、クラス中の好奇心に満ちた視線がオレに集まった。だから、引っ越しはいやだったんだ。あと一年で卒業なのに、なんでいまさら……。しかし、不満ばかりかというとそうでもない。前の中学校では、一人もいなかった友達ができるかもしれないという希望もかすかに抱いていた。

「フェン君、ひさしぶり!!

 聞き覚えのある声がした。オレはできるだけさりげなく、声のするほうを探した。マロン色の髪の女子だ。確かに見覚えがある。ここの生徒だったのか…。

「ひさしぶりだな、ミィ。」

「あなたたち、知り合いなの?」

 担任が聞いてきた。

「まあ…。」

「幼なじみなんです。」

はっきりしなさいよ、とでも言うように、ミィがオレに代わって答えた。

「それじゃあ、席は隣同士にしましょうね。」

 ミィの横にいた男子生徒が机ごとうしろに下がった。オレはぶつぶつ言いながら、その空いたスペースに机と椅子を運んだ。本当はものすごく嬉しかったのだが、いやいや隣に座るようなそぶりをしたのだ。なにしろ、オレの記憶の中では、オレとまともに付き合ってくれたのはミィだけなのだ。ただ、ここで喜んだり、笑ったりすると、他のみんなにどう思われるかわからない。それが怖かった。ミィの姿を確認してから「ひさしぶり」と言ったのだって、もしそれが相手の勘違いだったら恥ずかしいからだ。

 儀式のような朝会が終わり、クラスメート達が興味深げに寄ってきた。質問攻めだ。まるで猿山のサルにでもなったような気分だ。オレはその一つ一つに、細心の注意を払って、変にならない程度に面白おかしく答えた。みんなに面白い奴だと思われたい。気に入られたい。オレの答えはうけ、面白い奴が入ってきたと言われた。

 一時間目のチャイムと鳴り、歴史の授業が始まった。

「そんなに、みんなに気に入られたいの?」

 小さくミィの声がした。

「そんなことないよ。」

 平静を装ってはいたが、痛いところを突かれて、オレの心臓は今にも音が聞こえるのではないかと思うほどバクバクしていた。

「そんなことあるよ!!前もそういうトコあったけど、前よりもっとひどくなってる!!

 強い調子でミィがささやいた。

「くどいんだよ。そんなんじゃねえ、って言ってんだろ…。」

 オレは反射的に言い返したが、語尾が弱くなる。ミィが、まだ何か言ってこようとしているのがわかる。チョークが飛んできた。ミィが正面を向き、話もそれっきりになった。いつもならムカツクところだが、このときばかりは歴史教師が救いの神に思えた。オレは黒板を見た。ベリマ博士による魔法の発見とその発達についての授業だった。すでに前の学校でやっていたので、たいして覚えることはない。黒板に書かれている文字を、適当にノートに書き写す。オレは、ミィの言ったことについて考えていた。確かにそうかもしれない。いや、多分そうなのだろう。自分でも気付いてはいるが、心が認めたくないと言っている。オレは、ミィの言っていることが正しいと思った。でも、それを認めるわけにはいかない。認めてしまえば、自分が孤独だということが見えてくるから……………。

 

 六時間目は体育祭の参加競技決めだった。オレの心はミィを責める心へと変わっていた。あれからミィと口をきいていないことも原因の一つかもしれない。ミィがあんなことを言わなければ…。気付かないふりさえしていてくれれば…。でも、心のどこかで、ミィはそうしたことのできない性格だからしょうがないとオレ自身を納得させているオレがいた。机の上に紙が置かれた。

「体育祭の参加種目を決めたいんで、さっさと100cm走と長距離走のタイムを書いてくれよな!!

 実行委員が怒鳴った。メガネをかけた、ガリ勉顔のクラスメートだ。オレの思考は中断された。

「あっ、ああ……。」

 顔から受けるイメージとはまったく違う感じに戸惑いながら、オレは急いでタイムを書いた。オレが書いた紙を面倒そうに持っていく。クラス全員で参加競技を決めるといっても、結局は実行委員や運動の得意なやつらが決めてしまう。それはどこの学校でも同じようだ。さっきのガリ勉顔と女子の実行委員が選手を次々と発表していく。オレは200cm走に決まった。ミィも同じ競技に出るみたいだ。ミィはどうか知らないけど、オレはそんなに足が速くないから、それぐらいの競技が妥当だろう。そして、なにより、ミィと同じ競技に出るのが嬉しかった。ミィと仲直りできるかもしれない。それが嬉しい。仲直りできるかも、と思った瞬間、オレの中でミィはああいう性格だからしょうがないという気持ちが大きくなっていった。卑怯かもしれないが、この感情には逆らえない。嬉しいという気持ちで胸の中が満ちあふれ、他のことは何も考えられない。どうしようもない。

 

 六時間目も終わり、帰りの会も終わった。帰るときの会を帰りの会というのに、来たときの会を朝の会というのはなぜなんだろう?と一瞬疑問に思ったが、答えが出そうにないので考えるのをやめた。することもないので、家に帰ろうとカバンを手にしたとき、担任教師が話しかけてきた。

「…ええっと、今日中に部活を決めといてくれないかしら?」

 部活届をオレに手渡すとオレの返事も聞かずに、

「明日の朝会までに提出してね。」

と言って軽い足取りで教室を出て行った。

 めんどくさいが、どういう部活があるのか見学することにしよう。教室のドアを勢いよく開けると、ミィが立っていた。

「………ごめんなさい…。」

 オレはミィがいることに目を、ミィの口から出たその言葉に耳を疑った。ミィがあんなことを言ったからオレ達は気まずくなったので、そう考えればミィが謝るのは当然である。しかし、ミィの性格からすると驚きであった。オレはミィのほうから話しかけてきてくれたことが嬉しかった。オレからは話しかけられなかっただろう…。

「こっちこそ、ごめんな。変な意地張って悪かったな。」

 素直に謝るのが恥ずかしくて、いいわけめいたことを付け加えた。

「…フェン君の気持ちも考えずに、あんなこと言っちゃって……。ごめんね。」

 ミィもあのときの会話を悔やんでいるのだろうか…?

「…確かに、ミィの言う通りかもしれない。」

 オレはポツリとつぶいた。

「…治すように努力はしてみるよ。」

 今までにも治そうとしたことはある。でも、治らなかった。今回も無理だろう…。しかし、他になんと言えばよいのかわからない。

「…うん。ところで、部活はもう決めた?」

 ミィが明るい声で聞いてきた。

「いや…、まだ。」

 あまりの変わりように、さっきまでの会話が本当にあったのかどうかさえ疑わしくなってくる。

「だったら、うちの部に来なよ!案内するから!」

 ミィは、オレの腕を引っ張って走り出した。

 

 「ここよ。どう?」ミィがドアを開けた。部屋の前には【魔法部】というプレートが掛かっている。その昔、人間界では大冒険時代と呼ばれる時代があって、どんな魔法使いでも用心棒を兼ねた森の案内役として重宝がられていた。しかし、今では冒険者と呼ばれる人間も少なくなり、それなりの才能のある魔法使いしか、魔法のみで生きていくことが難しくなってきている。いや、できなくなっていた。にもかかわらず、ドアの向こうでは、何十人もの部員達が生き生きと思い思いの活動をしていた。オレも魔法は好きだった。でも、どんな魔法を唱えてみても、みんなより劣っているということばかりが目立ち、自分の才能のなさを思い知るだけだった。そんなこんなで、魔法が好きであるということ自体が恥ずかしくなり、いつのまにか魔法から遠ざかってしまった。要するに、あきらめたのだ。オレに魔法は向いていない。引き返そうと振り向いたオレの目の前に、一人の長身の少女が立ちふさがった。

「誰だ?」

「あっ、部長!入部希望者ですよ。」

 ミィが声をかけた。

(おい、なに勝手に決めてんだよ!オレがいつ、入部するって言った!?

 部長と呼ばれたその少女は、あらためてオレを見て、

「そうか。私はリシア、生徒会長とこの部の部長をやっている。よろしくな。」

と、手を差し出してきた。

 否定するか?いや、それはできない。ここで否定したら、なんと思われるか。印象を悪くすることだけは避けたい。ましてや、相手は生徒会長だ。……仕方ない。この部に入るか…。頭の中がごちゃごちゃしてくる。

「………け。」

 突然、リシアさんが言った。

 ………なんなんだ!?

「入部届を出せ、って言ってんだよ!」

 ああ、そうだったのか。やっと、手の意味がわかった。オレは入部届をリシアさんに渡した。

「なにやってんだ!白紙でどうする?」

 リシアさんはオレに入部届をつき返してきた。オレはあわててカバンから筆箱を取り出し、クラスと名前、そして入部希望部活名を書いて、再びリシアさんに渡した。

「先生に渡してくる。」

 リシアさんは今きた廊下を引き返していった。部室の中では、部員達が熱心に魔法を練習していた。そんな姿を見たからなのか、久しぶりにオレの中にも魔法をやってみたいという気持ちが沸き上がってきていた。

 リシアさんが戻ってきた。もう入部届は提出してあるのだから、リシア部長と言うべきか…。

「アルドはどうした?いないのか?」

 リシア部長がミィに聞いた。

「アルド副部長は、体育祭の実行委員の仕事で、今日はこれないそうです。」

「そうか。新入部員に紹介しておきたかったんだが…。」

 リシア部長は考え込むようにして、緑色の長い髪をかきあげた。

「それなら大丈夫だと思います。副部長も私も彼と同じクラスですから。」

「そうか。なら大丈夫だな。私はお前のことを知らなかったが…。そうか、お前が例の転校生か。噂になっているぞ。」

(噂って……。どんな?)

 オレはリシア部長の次の言葉を待った。それが顔に出たのだろう。リシア部長が続けて言った。

「いや、大したことじゃない。ただ三年二組に転入生が来たというだけのことだ。何か期待していたのか?」

「いえ、別に……。」

 内心、オレは面白い奴が入ってきたと噂されているのかと期待していたのだが、そんなことは言えるはずもなかった。

 

 部活が終わった頃には、すでに日もとっぷりと暮れていた。初日から遅くなってしまったが、別にどうってことはない。オレはゆっくりと歩き始めた。リシア部長は、部長というだけあって、ものすごい魔法の名手だった。他の部員達も一様にそれなりの使い手で、オレなんかとは比べ物にならない。退部しようかと思ったが、入部した日に退部するのではあまりにもバツが悪すぎて言い出せなかった。しかし、今考えると退部しなかった理由はそれだけじゃなかったように思う。そのときはよくわからなかったが、心のどこかに魔法をやりたいという気持ちがあったように思う。………本当は、それが一番の理由だと思う。嫌いでやめたわけじゃないのだから………。

「よっ、フェン。今帰りか。」

 交差点の角からヒューズ兄さんが現れた。

「ああ、部活を見学してて遅くなっちまったんだ。」

「そうか。でも、あまり遅くなると父さんと母さんが心配するから、ほどほどにしとけよ。」

 ヒューズ兄さんの言葉を聞きながら、オレはあの父さんと母さんがオレを心配することなんて有り得ないと思った。優秀なヒューズ兄さんに父さんも母さんも夢中で、不出来なオレなんかは眼中にないのだ。今回の引越しだって、ヒューズ兄さんの勤める大企業がこの町にあるからだ。まあ、どうでもいいんだけど…。

「学校はどうだった?」

 ヒューズ兄さんが聞いてきた。オレはヒューズ兄さんが嫌いだ。でも、家の中でまともに話を聞いてくれるのはヒューズ兄さんしかいない。そんなわけで、仕方なく、オレはヒューズ兄さんに好意的な態度で接していた。

「結構楽しい学校だったよ。幼なじみのミィにも会えたし。」

「そうか。それはよかったな。」

 ヒューズ兄さんが安心したように笑った。

 

 そんなことを話しているうちに家に着いてしまった。ヒューズ兄さんは鍵を持っているので、ドアを開けて先に中に入る。オレもそれに続いた。

「お帰り。ヒューズ、会社はどうだった?」

 母さんが飛んできて、真っ先にヒューズ兄さんに聞いた。ヒューズ兄さんはいつものことながら丁寧に答えている。父さんも後からやってきて、いろいろと尋ね始めた。オレはその横を無言で通り、自分の部屋に行く。そして、すぐに制服を着替え、勉強を始めた。魔法を練習するためのまとまった時間が欲しいからだ。

「夕食ができたよー。早くおいでー。」

 どのくらいたったのだろうか。ヒューズ兄さんの声がした。ヒューズ兄さんを中心にはずむ会話を聞きながら、オレは一人黙々と食べていた。オレは食べ終わるとさっさと食器を流しに持っていき、また自室にこもった。夕食を囲む団らんは続いていたが、オレには関係ない。魔法の練習を始めよう。まだ勉強が少し残っているが、後でやれば構わないだろう。魔法部の部員達がやっていた魔法を見よう身まねで唱えてみた。今度はあきらめたくない……。

 オレはいつのまにか眠っていたらしい。気が付いてみると、朝の三時過ぎだった。昨日の勉強が残っていることはわかっていたが、やる気が出ない。魔法の練習で疲れてしまったせいか…。とりあえず、オレは時間割をそろえ、ベッドにもぐりこんだ。オレは一度目覚めてしまうとなかなか寝れないタチだが、布団をかぶって目をつむってみる。疲れが取れていく気がする。

 

 二週間が過ぎた。始業前の時間を使って、体育祭に向けた学年集会が体育館で開かれた。三年一組のマッチョ系の体育教師が型通りの話をした。そして最後に、

「体育祭まであと一週間だ。各自、気合を入れて頑張れよ。」

と笑顔でオレ達を激励した。

 オレ達は言われた通りに一組から順に体育館を出た。体育館を出たところでクラスのやつらが話しかけてきた。

「日曜日、釣りに行くんだけど、一緒に行かないか?」

 オレはやつらの気分を害さないように、

「ごめん。釣りはやらないんだ。」

と低姿勢で言った。釣りにまったく興味がないわけでもないが、生まれてから一度もやったことがない。今までの経験でいうと、オレはとてつもなく下手だと思う。練習もしないで、いきなり人前でするのはいや、というか恥ずかしい。もっとも、練習するほど興味があるわけでもないが…。

「誘ったりして悪かったな。」

 やつらもあっさりとしたものだった。

 

 体育祭の練習が始まった。オレは周囲から頑張っていると評価してもらえる程度に頑張ることにした。練習が終わり、急いで魔法部の部室に向かっていると、副部長のアルドと偶然出くわした。

「やあ。」

 声をかけてみるがなんの返事もない。こいつは普段は無口なのだが、仲の良い奴と話しているときに限っては驚くほど饒舌になるという話だ。部活でも魔法を唱えているところを見たことがない。なんでも、魔法理論の研究、一辺倒らしい。、お互い黙ったまま部室に入った。オレのほうからは挨拶したのだから、それ以上言うこともないだろう。家で練習したかいもあって、オレの魔法は少し上達した。しかし、他の部員達と比べるとまだまだだ。実力にかなりの開きがあるのがいやでもわかる。今後の家での練習方法をどうすべきか考えながら、いつものようにあたりを見回した。そして、誰もこっちを見ていないのを確認してから、こっそりと魔法を唱えた。オレは下手な魔法を人に見られるのが恥ずかしかった。

 

 いよいよ体育祭の日を迎えた。実行委員の一人が開会宣言をし、どんどん競技が進行していく。

「次の競技は1500cm走です。」

 放送席からアナウンスが響く。オレの出る200cm走はこの二つあとだ。だんだん緊張してくる。もし、最下位になったら、みんなに何か言われるかもしれない…。号砲と共に、スタートラインに並んでいた女子の代表選手達が走り出した。

(あれっ、リシア部長!)

 オレは走っている女子の中にリシア部長を見つけた。リシア部長はぶっちぎりのトップだ。なんか身体中からできる人特有のオーラが出ているように感じる。……そんな気がしてならない。オレは心の中で願った。まるで他のものを圧倒するかのようなあのオーラ。オレもあのオーラが出したい、と。とうとうオレの番がきた。自分を変えたい。いつものような治したいではなく、自分を変えたいという気持ちがどんどんと膨らむ。オレは走った。死に物狂いで走った。緊張はしていなかった。オーラなんてものが本当にあるのかどうかわからない。けど、オレもリシア部長に負けないオーラを出したかった。

 全てのプログラムを終え、体育祭が終了した。

「ちょっと、こっちに来てくれない!」

 体育祭の片付けを始めたオレをミィが呼んだ。

「今、片付けの最中!」

 オレがミィのほうも見ずに答えると、ミィは少し怒ったような顔で寄ってきた。そして、強引にオレの手を引っ張って走り出した。有無はなかった。校門を出て街のはずれまで走った。

「こっちだよ!!

 ミィが家と家の間の狭い通路に入っていく。その先は壁で行き止まっていた。

「行き止まりじゃないか。」

 オレが引き返そうとすると、ミィはにこりとして壁に立てかけてあった木材を音を立てないように、そおーっとどかした。目の前に大きな穴が現れた。ミィがその穴を通って、街の外へ出て行く。

「おい、待てよ!!

 オレはあわててミィを追いかけた。

「街の外は結界がないんだぞ。わかっているのか!?

 オレ達の街は人間からは見えないように結界で守られている。しかし、それはあくまで街の中にいての話だ。街の外にオレ達を守るものは何もなかった。

「この近くにね、とてもきれいなところがあるの。」

 ミィはオレの言うことを聞いているのかいないのか、楽しそうに続けた。

「フェン君にそれを見せてあげるね。」

「そんなこと……、今じゃなくてもいいだろっ!!

 ミィが先にどんどん進む。仕方なく、オレも後に続いた。ミィが茂みの中に入っていく。

「今日、フェン君がね、いつもと違って見えたから。だから………。」

 ミィの声が小さくなった。いつのまにか、ミィを見失ってしまったようだ。

「おっと、珍しい。こいつは妖精じゃあないか。」

 人間の声が聞こえる。オレは茂みの中からそっと様子をうかがった。人間が二人もいた。一人は貧相ないでたちのひげをはやした男。もう一人はモヒカン頭で、肉が歩いているのかと見間違うほどの大男だった。そのモヒカン頭の大男の手の中に、…ミィがいた!!

「ほぉ〜、よくできているもんだねぇ。人間にそっくりじゃないか。」

 ひげをはやした男が、大男の手の中を覗き込みながら感心したように言った。

「それに可愛いし、連れて行っちまおうか?」

「そりゃあ、いいや。」

 このままではミィが連れて行かれてしまう。どうしたらいい………。オレは見なかったことにすればいいと思った。そのほうが安全だとも。でも、オレは変わるんだ。変わると決めたんだ。去って行く二人組を追いかけよう…。

「おい、なに勝手にさぼってんだよ!!それに、こんなところまできて、いいかげんにしろよな!!

 体育祭の実行委員でもあるアルド副部長がオレをにらんでいた。詳しく説明しているひまはない。オレは手短に事態を伝えた。

「ミィがさらわれた。オレは助けに行く。副部長はどうする?」

「えっ!……一緒に行ってやるよ。お前等を見殺しにしたら、目覚めが悪いしな。」

 少しの沈黙のあと、アルド副部長は覚悟を決めたようにオレの肩を叩いた。

 オレ達は今、馬車の上にいる。森を出たところで、二人組が馬車に乗ったのだ。オレ達も何とかその馬車にしがみついた。日が落ちた頃、粗末な家の前で馬車が止まり、二人組が中に入っていった。オレ達もドアが閉まる前にと、あわてて二人組に続いた。ひげをはやした男がどこから持ってきたのか、ロウソクを一本、テーブルの上に立てた。その炎の向こうに両手両足を縛られたミィがいた。ひげをはやした男が部屋の電気を消していく。部屋はロウソクの灯りだけを残し、暗くなった。今がチャンス、そう思ったオレは副部長に尋ねた。

「副部長、あの炎消せますか?」

 オレとアルド副部長はテーブルの下に隠れていた。

「できるけど…。どうするつもりだ?」

 オレは簡単に作戦を説明すると、風の魔法を使って、テーブルの上に飛んだ。そして、やつらが使っていたはさみを素早くつかみ、ミィの両手両足を縛っているヒモを切ろうとした。

「ん、なんだ、こいつは…?もう一匹、妖精がいるよ。助けにでもきたつもりか。はっはっはっは、笑わせてくれるぜ。」

 人間サイズのはさみは、オレには大きすぎて思うように扱えなかったが、何とか切ることができた。

「ミィ、逃げるんだ!!

「おっと、逃がすかよ。」

 大男がにやにやしながら拳を振り上げた。小さいとみて、油断しているのだろう。すかさず、アルド副部長が水の魔法を唱え、ロウソクの炎を消した。オレはミィを連れて、ドアの近くに隠れた。作戦は成功した。その場所に、アルド副部長もかけつけた。妖精は鼻がいいのだ。多少暗くても、だいたいの場所はわかる。

「明かり、明かり、早く明かりをつけろ!!

二人組が騒いでいる。

「逃がすものか、あの野郎ども!!

 ようやく明かりがついた。

「おい、追いかけるぞ。まだそう遠くには行ってないはずだ!!

 ドアを勢いよく開けて、二人組が飛び出した。人間の十分の一のサイズしかないオレ達妖精に人間用のドアを開けることは無理な話なのだが、頭に血が上っていてそこまで考えが及ばないらしい。思いがけない幸運に、あとのことを考えていなかったオレは感謝した。「ミィ、行くぞ。」

 ドアを出た瞬間だった。振り返った二人組と目が合ってしまった。オレ達三人に気付いたやつらが追いかけてくる。オレ達三人は必死で逃げた………。逃げて、逃げて、逃げまくった。

 

 三日後、なんとか街にたどり着くことができた。生きているのが無事というのなら、オレ達は無事であった。ボロボロのヨレヨレではあったが、死んだわけではないし…。

「アルド副部長って、魔法使えたんですね。」

 三日間の逃走劇がオレ達を近いものにしていた。

「どう言う意味だよ?」

「オレは、てっきり副部長は魔法理論だけの人かと…。すみません。」

 オレは軽く頭を下げた。ミィは身だしなみが気になるのか、髪や服装を一生懸命直そうとしている。オレはもうクタクタでそんなことはどうでもよかった。早く家に帰りたい。「帰ろっか。」

 ミィがやっと声をかけてきた。オレ達三人は互いに口も聞かずに黙々と歩いた。しばらく歩いたところで、ミィと別れた。帰る方向が違うからだ。本当は送って行くべきなのだろうが…、疲れていた。

「じゃ、また明日。」

 オレは、何も気付かないふりをして別れた。アルド副部長とは家の方向が同じらしく、まだ一緒にいる。

「………オレがお前だったら、あいつを見殺しにしてたかもしれない。」

 アルド副部長が不意に小さくつぶやいた。

「えっ…。」

 アルド副部長は、何を言おうとしているのか?

「…オレがお前について行ったのは、ミィを助けたかったからじゃない。本当は怖くて、怖くて逃げ出したかったんだ。でも、もしお前達が無事に戻ってきたら、見殺しにしたオレのことをなんと言うだろう。そして、それを聞いたみんなはオレのことをどう思うだろう。いろいろ言われるのがいやだった。そして、そんなことを考えている自分自身も…。……正義感からじゃない…。」

 オレはアルド副部長のほうを見ることもできずに、ただじっと前を見つめていた。なんと言ったらいいのかわからなかったし、この場合かけるべき言葉なんてないんじゃないかと思ったからだ。

「………なに言ってんだろ、オレ。…オレの家、こっちだから……。」

 アルド副部長は足早に路地を曲がって行った。とうとう最後まで顔をあわすことはなかった。

 

 オレはやっと家にたどり着いた。普段はどうでもいい家だったが、今はとてもなつかしく、ほっとする。

「…ただいま。」

 少しためらいがちに、インターフォンを押した。いくらオレに関心のない両親だといっても、三日も無断で家を開けていたのだ。入りづらい。

「フェン!!

 答えるより早くドアが開いた。

「心配したんだからね…。」

 母さんが泣いていた。そのうしろで父さんが怖い顔をして立っていた。

「話がある。中に入りなさい。」

 父さんに言われるまま、オレは家の中に入った。兄さんは会社に行っているので、今はいない。オレは父さんと母さんの正面に座った。こうして向き合ったことなんか一度もなかった。父さんの長いお説教が始まった。横では母さんがまだ泣いている。本当は早く眠りたかったが、オレはオレなりに父さんや母さんには悪いことをしたと思っているので、おとなしく聞いていた。

 

 オレはベッドの上に倒れこんだ。長いお説教から解放されて、ようやく眠れるはずなのだが、目がさえて眠れない。どうやら、まわりの大人達はオレが家出したと思っていたらしい。オレがミィを連れて、アルド副部長と一緒に?そんなことあるわけないだろ、と言いたかったが黙っていた。別に悪気があって黙っていたんじゃない。どう説明したらいいかわからなかっただけだ。お説教の最後に、父さんがオレに向かって頭を下げた。

「私達は、ヒューズとお前に分け隔てなく接していたつもりだったが、知らず知らずのうちにお前を無視していたのかもしれん。お前が何も言わないのをいいことに、気を配ってやることを忘れてしまったようだ。すまなかった。」

 オレは嬉しい反面、複雑だった。父さんに頭を下げさせたかったわけじゃない。不満がなかったといえば嘘になるが、親が頭を下げているところを見るのはしのびなかった。まして、自分の子供であるオレに………。

 

 これから何かが変わるのかもしれない。いや、変わることはないかもしれない。ふと、机の脇に無造作に置かれたままの日記が目にはいった。色もはげかけた赤い日記だ。小学生の頃、書いていた日記だ。確か、三日坊主でやめてしまったけ…。

 そうだ。日記を書こう。この日記の続きを、今日から…………………………。

 

 

あとがき

 どーもっ!!羽舞 果実ですっ!!こんな物語でも楽しんでもらえると光栄ですっ!!あまり書くことはないんですけどぉ、なにか書かなきゃならないんですよっ!!しょうがないから、この小説?の裏設定話をしちゃおうっ!!アルド副部長には元になった人物がいるんですよっ!!まあ、モデルとは全然似ても似つかなくなっちゃいましたけどぉ。あとぉ、リシア部長にも二人ほどモデルがいるんですぅ。そのモデルの二人を82で混ぜたら、ちょうどなんですっ!!でも、その内の一人はゲームキャラなんですっ!!それじゃあ、お便り、感想待ってま〜すっ!!

(私の正体、誰も言わないで下さいねっ!!部員のみんな、お願いだよっ!!


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